耳が痛くなるほどの静寂。スロー再生で流れる世界。
自分の体がゆっくり投げ出され、少し遅れて落ちてきた絵と共に無様に尻餅をつく。

視線の先では、赤い絨毯を更に濃い緋色が床を舐めるようにゆっくりと広がっていた。


「あ、ぁ・・・・」


私に喰らいつくはずだった鋭い牙はダンテの厚い左肩を破壊し、そこからおびただしい量の血が流れている。
溢れた命の赤が床に葡萄酒を零すように彼を中心として残酷に染め上げていた。氷塊が背筋を這う光景。

それでも彼の剣が悪魔の顔を下から貫き、相手の時間のみならず命をも停止させられていた。
けれどそれと同様に彼の時間も静止している。まさか、命も?


「ダンテ・・・?」


致命傷を与えられて砂に還っていく悪魔と共に、赤より紅い身体が鈍い音を立ててその場に崩れ落ちた。
鎖を食い千切られたアミュレットが床に落ちる音が静かな空間にやけに大きく響く。

その音が引き金となって世界が急に現実味を帯びる。


「ダンテ!しっかりして!!」

「・・・・・・・」


私の悲鳴に近い声にもダンテは無反応。こんなに彼が静かだったことなんて今まであるだろうか?

人間の肩は重要な血管がいくつも通ってる―――ということはまずい、非常にまずい。
いくら色々と人間の限界を超えているような気がしないでもない彼でも、これは十分に致命傷に値する。

助けを呼びに行くか逃げるか気絶するかで迷い、このまま彼を放っておけず彼の傍に駆け寄った。


「ひっ・・・」


近くで見ても傷口が分からないほどの出血にこちらの血の気も引く。これは、助かるの?
一瞬だけ躊躇してから蛇口を捻られたように血を流すそこへと止血の為に手を伸ばした。

が、触れるよりも早くダンテの手が雷鳴のように閃き手を強く掴まれる。


「だ、ダンテ!?無事な・・・・・うげ!!」


そこから一瞬にして私の身体を床に勢いよくねじ伏せ、後頭部が柔らかい絨毯へ勢いよくダイブする。鈍痛。
余りの衝撃と混乱に息が詰まり頭がぐらぐらする。あれ?何で私こんな目に遭ってるんだろう?

展開と空気が読めずに固まる獲物を嘲笑うように、腹の上に跨ったダンテが薄く笑う。
その妖艶な仕草にぞくりと背筋が粟立つ。春のような期待ではなく冬のような悪寒で。

これは、まずい、気が、する。


「・・・・え、冗談でしょ?」


微かに震える声に赤い色の男はただ口の端を上げ残忍な笑みを浮かべるだけで解放はしてくれない。
いつも青空のように眩しく感じていた彼の瞳は今や昏い深海のように淀んでいる―――いつもの輝きはどうしたの?

尋常じゃない様子の彼に喉の奥がごくりと鳴る。
頭の中の妖精が今すぐ逃げろと警鐘を鳴らしているが身体が恐怖にすっかり呑まれてしまい動かない。どうすればいいのかわからない。


(こんなの、ダンテじゃない・・・これは、この感じは前にもあった・・・・)


ダンテの大きな手が私の首に絡み付き扇情的になぞり、反射的にひくりと喉が鳴る。
いっそ慈しむように優しく、そして徐々に力を強めて首を締め上げてきた。


「う、ぐぅ・・・・」


圧迫感に呻き、耳の奥に死の足音がスキップしながら聞こえてきた。
既に助けを呼ぶ声も満足に出せず、酸素が届かなくなった脳みそが異常事態に戸惑う。

ダンテの腕に両手を絡めて渾身の力で引き剥がそうとする。筋肉の神よ、今だ舞い降りろ!!
けれどどんなに力を込めても彼の腕は万力のように動かない。力での脱出はおそらく無理。


(やっぱりダンテは悪魔なの?私を殺したくて仕方がなかった?)


自分のものとは思いたくない醜いうめき声が漏れる度に、萎んだ風船のように手に込める力が抜けていく。
弱い私なんかじゃ悪魔を殺す彼に勝てっこない、そんなのは分かっていたはずなのに。


(だったら何で今になって?今まで助けてくれたのは?それにさっき庇ってくれたのは?)


諦めたくて閉じた瞼の裏には大切な思い出、家族の顔が浮かんでくる。ああ、これが走馬灯?
久しく見る、そこにはいない家族の姿に涙が零れた。濁っていくだけだった目に生気が宿る。


「しに・・・たく・・ない・・・・」


でもこのままだと何もできずに確実に殺されてしまう―――死神が優しく頬を撫でる。
ダンテになら殺されてもいい、死んでもいいだなんて自分を誤魔化すための詭弁だ。


(生きて元の世界に帰りたい!こんなところで死にたくない!!
 もう一度家族に会いたいし友達とバカ騒ぎしたいし家に帰りたい!!)


追い詰められた鼠にだって猫に反撃する権利くらいはある。窮鼠は猫を噛み砕く。

懐を探ろうとして、やっぱりやめて床を這っていたもう片方の手の指が何か硬いものに触れる。
それが何なのかもわからずそれを強く握りしめ、最期の力で彼の顔面に投げ付けた。


「――――!!」


弾かれたようにダンテの手が退き、喉を締め付けていた力から解放された。
一気に口に鼻に入り込んでくる濃い酸素の群れに対応できず激しくむせる。


「オレ、は・・今・・・・・?」

「げほ・・・あれ、もどった・・・?」


涙で滲む視界に、自分の両手を見つめて呆然とする彼の姿が映った。
深海色の瞳から青空色の瞳へと戻っていて、纏っていた狂気の影もすっかり潜めている。いつもの彼だ。

自分の下で死にそうな顔をして酸素補給をしている私を見ると、すぐさま抱き起してくれる。


「?大丈夫か!?」

「だい、じょーぶ・・じゃない・・・」


気遣わしげに伸ばされた大きな手を反射的に払う。先程の恐怖がまだこびりついて離れない。
今度は有無を言わせず、ダンテは自分の胸元へ私を寄せて強く抱き締めた。呼吸が途絶。恐怖に息が止まる。

けれど頬に触れる人の温もりが随分と久しく感じられて不覚にも身体の硬直が緩んでしまった。
もう片方の手は私をあやすように優しく背中を撫でる。さっきまで殺そうとしてきた相手の手とはとても思えない。


「心配、する位・・・なら首・・絞め、ないで・・死ぬかと、思った・・・・」

「・・・・・やっぱりオレ、か?」

「うん・・・・え、疑問形?」


ぜー、はー、と荒い息を吐きながらもようやく呼吸が落ち着きを取り戻す。体は回復しても頭はまだ回復しない。
ダンテは私から手を放し、苦痛に耐えるような悲痛な顔をしていた。孤独に耐える少年の顔だった。


(人の首を絞めておいて、何でそんな辛そうな顔をするの?普通は逆だと思うんだけど・・・)


これ見よがしに舌打ちしてやりたいが、違和感に砂を齧らされるような不快感。そして謎。


(けれど今はこうして止めてくれた訳で、まるで正気に戻ったみたいで・・・・・どういうこと?)


脳みそのキャパシティがお世辞にも多いと言えない人間が頭を絞っても大抵は混乱するだけだ。は こんらん した!

そういえばさっき私は彼に何を投げつけたんだろう。
あれのおかげで首を絞められることはなくなって、ダンテが正気に戻ったようにも感じられる。

目的のものを拾いあげると、そこには見覚えのあるペンダントが手の中に収まっていた。
記憶を掘り起こさなくてもわかる。ダンテがいつも大事に首から大事そうにしていたものだ。
鎖が途中で千切れているのは、さっきの悪魔に食い千切られたのだろうか。


(見たところ何の変哲もない大きな宝石のついた高そうなペンダントだけど・・・)


吸い込まれそうなほどに美しい紅玉が私を静かに見つめ返す。は さらに こんらん した!!


「・・・・悪い、潤。オレは・・・・」

「それより理由を・・・・あ、ダンテ怪我してるでしょ!?早く病院に・・・・・・・ん?」


そこで見た異常なものに自分の目が信じられなくて、ダンテの広い肩を強引に掴んで眼を凝らす――――が。


「治ってるの・・・・?まさか、そんな、はずが・・」


痛々しく食い千切られた布の下からは、何事もなかったように玉のような滑らかな肌が広がっている。

念の為に床の絨毯を確認するが、予想通りの緋色に染められていた。
それは間違いなくダンテの血が原因で、私はそれをその目で確認したというのに。


「・・・・・びっくり人間ショーに出られるね?」


引き攣った笑顔で冴えないジョークを叩き出す脳は前の破片事件を詳細に思い出していた。
あの時ダンテは確かに怪我をしたのに、破片に血だって付いていたのに、彼には傷痕なんて全く残っていなかった。
ずっと疑問だったけれど、もしかしなくても今と同じような現象が起きていたとしたら?


「人間だったら、な。」

「!」


彼の言葉に嫌な予感が援軍を引き連れてやって来る。敵前逃亡はできそうにありません。

人間だったら、というのはやっぱりそういう事なんだろうか―――まさかと思いたいが確信してしまった。
知りたかった真実なのにそれを聞くのは、知ってしまうのはとても怖い。知らなければ幸せなんてよく言ったものだ。


「いや、全くさっぱり見当もつかないですけれど言わなくていいです。」 

「いやいやこの際聞いておけよ。きっと驚くぜ?」

「いやいやいや、そんな手を煩わせる必要なんてマジでありませんから・・・
 ってちょ、どこ触ってんの?セクハラ!セクハラ!!ギャーーーーーーーーーー!!」


色気が絶滅してる私の胸元へダンテの手が遠慮なく伸ばされ、隠し持っていた黒い銃をあっさり奪われる。
もちろん彼にも見覚えはあるだろう。何てったって元々は彼のもので、それを私は盗m、いや拝借していただけで。
ああ、万引きを見つかった少年少女はこんな絶望的な気分なんだろう。いかな理由があろうと立派な犯罪だ。


「期待したか?」

「・・・・・そんなに自意識過剰じゃないんで・・」


悪戯っぽく細められる碧眼に内心では複雑な思いが荒れ狂っている。いや、初めから期待なんてしてませんよ?

それよりも自分の悪事がバレた事で居心地が悪過ぎて逃げ出したい。
カツ丼なしで取り調べの峠を越えられる気がしない。そういえば朝から何も食べてないからお腹空いた。


「安全装置が付きっぱなし。これじゃ撃てないぜ?」

「え、嘘!?」


呆れたように指摘されるが、そんなの誰も教えてくれないし銃の知識なんて無いんだから気づくはずもない。
もしもこれに気付かないままさっきの悪魔と―――ダンテに向けていたらと思うとぞっとする。


「だって、銃なんて撃ったことないし・・・」

「だとしてもはさっき何で俺にコレを向けなかった?・・・・死にかかってただろ?
 こんなしょぼい銃はどうだっていいが、何の為にコレを俺から盗んだんだよ。」

「・・・・ダンテを撃てる訳なんてない。初めからお守り程度のつもりだったから。」


こうなる事を予感し、そうならなければいいのにと願いながら銃を盗んだ。自分が生きるために人を殺すつもりだった。
実際には命の恩人でもあり、偽りだとしても私に優しくしてくれたダンテに引き金を引くことなどできなかったが。

青い目が虚を突かれたような目でこちらを見るが当たり前だと思う。
逆に聞きたいがこの人は自分の言動に疑問は持たないのだろうか?―――そっちこそ殺されるかもしれなかったのに。


「ダンテが死んだら怖い。」


これは正直な気持ちだった。
撃ってもし彼が死んでしまったら―――それも自分が死ぬのと同じ位に恐ろしい。
どっちにしろあの時の私は完全に手詰まりだった。運よく彼が正気に戻ってくれて助かった。


「俺はその程度じゃ死なないけどな。」

「冗談でしょ?人間は頭に風穴が開いたら死ぬようにできてるのよ?」

「回りくどいな。もうわかってんだろ?」


ダンテが映画のように気取って銃を回転した後、自らのこめかみにそれを押し当てた。
意味はわかっても理解はできない行動、それとこれから起こるかもしれない絶対に教育によくない想像に身を固くする。
頭が頑張って「これはロシアンルーレット!そう、ロシアンルーレットなんだよ!!」とすさまじい欺瞞を見せるが無理がある。


「何を、」

「だけは俺の正体を教えてやるよ―――特別だぜ?」


咄嗟に手を伸ばして彼から銃を奪おうとするが、それよりも一瞬早く、耳を貫く銃声のほうが早かった。

銀の髪の側面から赤い噴水が噴き、私の心臓が凍りつく。
衝撃に崩れながらも何かが悲鳴をあげる寸前の私の唇を塞ぎ、くぐもった声が隙間から漏れる。

この温かくて少し硬い感触は彼の手だ。けれど、何が、どうやって!?


「む・・・むぐ!」


普通なら死んでいるはずのダンテの薔薇色の口唇が弧を描き、笑っているような表情を作った。
そして私の口を塞ぐのを止め、代わりに唇に骨ばった人差し指を押し付けられる。
表情は―――ドッキリを成功させた腹黒い仕掛け人の笑みを浮かべている。


「ほらな?この程度じゃ死なない。」

「な・・・・・な・・・」


不死身の男が銀糸の間から未だ流血しながら微笑む。私の反応を楽しむ悪戯小僧の笑みだった。
実は撃っていなかった、というオチを期待したいが初めて嗅ぐ硝煙の臭いが鼻を掠めた。


「俺は半分悪魔だからな。」


何か重要な事を言われてる気がするが道端に転がる塵よりどうでもいい。
ええと、つまり彼は自分が死なないと分かっていて銃を撃った―――私の反応を見て楽しんでいた―――・・・・


「ま、驚いてくれたようで何よりだ。面白い顔してたぞお前。」

「――――――ッ!!」


からかわれた。

私の顔から表情が、心から感情が漂白された。
ぷつんと理性が千切れるような細い音と共に、『命の恩人用』と書かれた仮面が音を立てて崩れ落ちた。

俯いた顔を上げ、浮かべたのは慈母のように清らかでいて死者のように虚ろな笑顔。


「?」


刹那、感情の赴くままに彼の完璧な造形の顎を拳で打ち抜いた。
予想外過ぎたのか、よけられなかったダンテが軽い驚きの表情と共に少しよろける。


「何やってんだこのドアホウッ!!!!!自分を大事にしろってお母さんに習わなかったの!!!!!?」


地獄からの使者のように獰猛な表情で、呆然とする彼の胸倉を強引に掴んで引き寄せる。
普段大人しかった人間が裂帛の怒号とともに自分を全力で殴ったものだからさすがの彼も理解が追い付かないらしい。いい気分だ。

間近で見る眉目秀麗な顔も今では怒りを増長させる原因にしかならない。ちなみに顎は赤くなっている。白米がおいしいです。
もう一発、次はどこを殴ろうか検分し振り下ろそうとした拳が彼の言葉に止まった。


「そんなのを教える前に母さんは死んだ。ガキの頃に俺を庇って、隠して、代わりに悪魔に殺された!」

「!」


感情を剥き出しにしてダンテが叫ぶ。彼が悪魔を憎む原因を、いつもは道化で隠す素顔を垣間見たような気がした。
今では無敵と言っていいほど強いこの男にそんな暗い過去があるなんて、普段だったら同情して慰めるかもしれない。

けれどそれとこれとは今は全く関係ありません。


「あんた馬鹿じゃないの!?お母さんがいないと自分を大事にもできないわけ!!?甘ったれんなッ!!!」

「・・・・ッ!」


今度は右の拳で、あのアミュレットを強く握りしめたまま彼の左頬を思いっきり殴り飛ばす。
再びよけることなくダンテはそれを甘んじて受けとめた。まぁ、ここで避けたら倍なんですがね。

さきほど首を絞められていた後よりも荒かった鼻息がやっと落ち着いてくる。
彼の胸倉を掴んだまま俯く。久々に叫んだ喉が痛い。ダンテを殴った手の方もじんじんする。


「心配した、マジで心配した、心配して損した・・・・」


自分が傷付いたわけでもないのに胸も痛くて涙が零れた。
清流のような涙が彼の革の生地の服の腕に跳ねて小さな音を立てる。
何で私がこんなヤツに為に泣いてやらなきゃならないんだろう。悔しくても涙が出る。


「よかった、ダンテが生きてる、死んだらどうしようかと思った、よかった、よかった・・・・」

「・・・・・」


身を灼く程の怒りの後に吐き出したのは安堵感。彼が死んでいないことに心の底から喜んでいる自分がいた。
ダンテの指が私の涙を拭おうとするのを拒否して、未だくすぶる感情のままにその指に思いっきり噛み付いてやる。


「ッ噛むか!?普通!!」

「噛むよ!?普通だから!!痛いんでしょ?治っても怪我するのは痛いんでしょ!!?」

「だったらもっと力を緩めろよ!動物かお前は!?」

「動物どころか人間よ!もう一度あんな馬鹿な真似したら頑張ってその指を食い千切ってやる!!」

「お前それ女の発想と言葉じゃないだろ・・それ世間一般だと猛獣って言うらしいぞ。」

「ぎしゃーーーーーー!!」


噛みついていた指には真っ赤な歯形がついていて、してやったりと昏い笑みで笑う。
ダンテがちょっと引いたのが見なくてもわかった。ええ、今更ですね分かりますとも。
そして悪魔相手に退かない男をドン引きさせたことに不思議な高揚感を抱く。単なるアホとも言うが勇者と言ってほしい。


「でもアンタの指も私の胸のほうがずっと痛いわよ!どうしてくれるの!?」


初めてここで彼の瞳の色に後悔するような成分が現れ、一瞬だけ躊躇してから私の頭を撫でた。
その手つきが予想外に優しくて、反撃しようとしていた片手は意味を失くしてさまよう―――

なんてしおらしい乙女展開は全くなく今この瞬間も歯を鳴らして威嚇する。けれど手は動かないままだった。


「悪かった・・・もうしない。だからもう俺なんかの為に泣くな。」

「なんか、じゃない。いくらでもダンテの為なら泣いてやるわよ。私の涙なんて安いんだから。」


今度はこっちが子供のようにぐずりながら、いつの間にかあやすように頭を撫でる彼の手に任せる。


「まだ反省してなかったら許さない。今度は動かなくなるまで殴る。」

「それは撲殺だろ・・さすがに勘弁してくれ―――ああ、わかってるさ。」


不吉な宣言を受け止めながら、握りっぱなしだった手を彼の指がゆっくりと解し中にあるアミュレットを取り出す。
それを懐かしそうに目を細めて眺め、千切れた鎖に力をこめてゆっくり繋げる。いや、道具使えよ。


「それ、大事なものなの?いつも身につけてたよね。」

「母さんのアミュレットだよ。形見ってヤツさ。」


さっき悪魔に殺された、と言っていたからそれ以来ずっと大切にしていたのだろう。
それを握りしめたまま持ち主を殴るだなんて、今更になってやっと罪悪感が芽吹く。
亡き母の形見で全力で傷心の息子を殴り指噛み付くなんて、なんてことをしちゃったんだろう。


「・・・・殴ったりしてごめんなさい。そんな大事なものとは露知らず、全力で殴っちゃった・・・」

「おかげでそこらのチンピラのパンチよりも効いた。」

「いや、だってアレはダンテも悪いと思うのよ、うん。私も悪いけれどダンテの方がずっと悪い。」


全力で目を反らしつつ責任転換をしようとする私に彼が溜息を吐いた。


「お前、性格変わってないか?」

「むしろこれが素だと思っていただきたい。今まで猫被って気を遣ってたんですよーこっちは。
 けれどダンテが自分を大事にしないひねくれドM野郎だと分かった今、そんな心配りは全く要らない。敬語もね。」

「ひでー言われようだな。ま、その方がこっちとしてもやりやすい。」


力技で修理したアミュレットを私の方へと放り、慌ててそれを受け取る。
血のように赤いそれは電燈の光を受けてきらりと輝いた。
先程まではただのアクセサリーとしか思っていなかったそれも事情を知るとまた違って見える。


「ダンテ、そんな大事なものを無造作に放り投げるのは常識的に考えてよくないと思う。」

「ん、まぁが持っとけって事だ。それは俺からお前を守ってくれるはずだぜ?」

「それってどういう、」


彼が立ち上がり大きく伸びをして、何事もなかったかのように忘れられていた絵を拾いドアを開ける。


「え、ちょっと、なんで締めに入ってるの。
 まだたくさん聞きたいことがありすぎて腐りそうなんだけど。」

「後で事務所で話してやるよ。さすがに今日は疲れた。甘いもんが食いたいな。」

「ああ、甘党なの・・・・私もお腹すいてる。」

「決まりだな。ストロベリーサンデーは・・・この格好じゃ食いには行けねえな。
 も働いたことだしケーキでも買って帰るか。」


悪魔と死闘を繰り広げた後だというのに何だろう、この彼のスーパー帰りの主婦のような気軽さは。

ダンテがドアを開けて待っていてくれるのが分かるが、先ほど殺されかかった事を思い出して少し躊躇する。
私の戸惑いを見抜いたように彼は自嘲気味に笑った。似合わない笑みだった。


「ま、このまま話を聞かないで俺から逃げるっていう選択肢もある。の自由にすればいいさ。」


急に突きつけられた『自由』という単語に戸惑う。
このまま彼から逃げるのもよし、付いて行って真実を聞くもよし―――強制はされずに好きにできる。

少し悩んでから私は黙ってアミュレットを首から提げて彼の隣りに並んだ。


「決まりだな。」

「もちろん。今までのこと、洗いざらい全部吐いてもらう。」


小さな挑戦を王者の笑みでダンテが迎え、私も猛獣の笑みで返す。
傍から見たら凶悪極まりない表情の応酬だったが、おそらく初めて私たちの心が通じ合った瞬間だった。





































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あとがき。
砂糖を追加?コバルト60にそんなサービスないよ。(某国風
いつも通り英訳はヤ●ーさんに任せているのであてにしないように。

皆様がドン引きする音が聞こえた気がします。わーい本当にすみません。
ここまで相手にドMって連呼したり本気で噛み付いたりする主人公は珍しいね!土下座もんですよチクショー

主人公も色々と溜まってたんです・・・口が悪い設定じゃないです、ブチ切れ侍なだけです。普段はそんなに悪くない。
まぁでも時々ダンテを殴るかもしれないので苦手な人はそっと窓を閉じてください。
 
やっと次でそもそも喧嘩してないのに仲直りです。長いだろうどう考えても。 
今回で仲直りするはずだったのに二分割するはめに。 
 
突然ですがここでドラクエ風にDMCのキャラを作戦してみよう企画(パンパカパーン
ダンテ→おれにまかせろ
バージル→おれにまかせろ
レディ→おれにまかせろ
主人公→しょうじき にげたい

駄目だこのパーティ・・協調性が絶滅している・・・・そもそも回復役がいないから絶対に詰む。


2007年 6月1日加筆修正
2009年 10月4日更に加筆修正 八坂潤
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