「それにしても―――」 悲しいよね、と少し背を伸ばして黒髪の彼女は俺の髪に手を乗せて左右に動かして、撫でる。 突然の子供に対するような扱いに軽く目を見開く。頭を撫でられるなんていつぶりの事だろうか。 悪魔どころか人間にも恐れられる自分にこんな子供扱いをした人間は母親以外に記憶にない。 常だったら鬱陶しくて振り払っている。けれど今は指先がぴくりと動いただけだ。 どこか胸を締め付けられるようなものがあった。郷愁、というべきか。すっかりそんなものは感じなくなっていたのに。 「・・・何がだよ。」 懐かしさを伴った感情を持て余しながら、それを隠すために少し声のトーンが下がる。 それには気にした風もない。ただ、子供に対するように―――慈しむように頭を撫でるだけだ。居心地が悪い。 「私なんて、この年でも家族がいなくなるのは寂しいのに・・・ダンテは、」 「別に、そっちは死んでないだろ。」 同情ならごめんだ、とやっぱり振り払おうとした手が止まった。 の表情の部品は笑みこそ浮かべていたが、とても寂しそうな・・・風が吹けば飛んでしまいそうな儚いものだったからだ。 「でも、会えない。会えないんだよ・・・」 もしかしたら、一生。 掠れた声にもならない悲鳴を半魔の耳が聞き逃すはずもない。 けれど敢えて気付かない素振りでタルトを口の中に運ぶ。 「それって、寂しい。」 小さな謝罪と共に俺の頭から柔らかい手が名残惜しそうに離される。 沈黙。 家族を失った俺にも家族に会えなくなったにも言葉など無かった。 自分はその喪失感とはとっくに決別してきた。決別しなければ無力な子供は進むこともできなかった。 実体験を元に考えればもいずれ慣れる。胸に空いた風穴に目を背けることができるだろう。 しかしこの静寂はもどかしい。こんなしみったれた空気はこの店には似合わない。 「・・・・で、それよりそっちはよかったのかい?俺なんかに命を預けちまって。」 おどけたいつも通りの道化がかった口調なのに自分の言葉で内心で棘が生まれる。 嵐のように凶暴な感情を余裕の笑みに隠し、相手の言葉を待つ。 それに対するの反応はあっけらかんとしたものだった。 「ああ、ダンテの事を信じてるから。」 それが当たり前の事であるように、それが必然だと言わんばかりに、は言い切った。 疑いなど微塵も混さっていない手放しの信用。子供が親に寄せる信頼にそれは似ているのかもしれない。 ここまで潔い反応、言葉が返ってくるとは少し予想外で息が詰まる。 「もう疑わないよ。何があっても信じる。ついていく。」 ――――簡単に言ってくれる。 もちろん、向こうもアミュレットがあるとはいえいつまた今日のような目に遭うのか分からない事くらい理解している。 今まで散々こっちを警戒してきた筋金入りの臆病者だ・・・けれど、それでも半分悪魔の俺を信じるというのか。 これまでのような諦念ではなく、むしろ希望をもって全幅の信頼を寄せてくるのか。 目の前の何の力も持たない非力な人間の言葉が質量を持って胸に圧し掛かる。 悪魔の血が混じっている自分でも無視できないような重さで、でも―――それが嫌だとは不思議と感じない。 「・・・・・・・・・・。」 思考の海に沈んでいた目を現実に戻すと、が弛緩しきった間抜けな表情で机に顔を預けて眠っていた。 あまりにも気が抜けている、警戒心が解けている表情に先程の言葉が嘘でないことを悟る。 前に眠っている時とは明らかに違う、すぅすぅと寝息まで聞こえてきそうな安らかな寝顔だった。 (ヒトが珍しく悩んでやってんのにコイツ・・・) 緩みきっている頬をつまむが、みとこんどりあー、と言う変な寝言が聞こえてきただけで起きる気配は微塵もない。 その内に自分の髪の毛をもむもむと咀嚼しだしている・・・・さっき食べたばかりだというのに夢の中でも何かを食っているらしい。 頭を使う事が馬鹿らしくなってきて自分のコートを脱いでの細い背中にかけた。 このまま放っておくと根元までいきそうな勢いの髪の毛を口から掬って耳の裏にかけてやる。 「Sweet dreams―――いい夢をな。」 前にこうして眠っている彼女の存外細い首筋を欲望のままに締めた事がある。 だが今度こそは間違えず、眠るの髪をかきあげて心音と同じ速度で脈打つこめかみに唇を寄せた。 どくん、どくん、と。 NEXT CHAPTER→ ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき。 第一章、別名『ダンテとの馴れ初め編』終了のお知らせ。 次はバージルのインターバルを挟んでからちょっとテメンニグル行ってくるよ編になります。 という訳で3章構成の予定が4章になりますね。たぶん次は短いです。 それにしても修正前は27話の時点でもうテメンニグル後篇だったというのにまだ16話の時点で旅立ってすらいませんよハハッワロス。 テメンニグル前篇に入るのが27話くらいになるかもしれないなんてまっさかー☆・・・・ふぅ でもやりたいことは大体やったのでだいぶ満足です。 「Sweet dreams!」とは親が子供に向ける表現らしいです。 だから恋人同士とかそういうのではお茶漬けのもと程もなく家族のように認識されているってとこですかね。 最後のも、ホームステイした時、他人の私にも寝る時のキスは欠かさなかったのでそんな感じです。 今回は珍しく真面目にあとがきしてますね。 え、DS版サガ2秘宝伝説について語っていいんですか? とりあえず欲望のままにパーティ全員を男にして欲望のままに連携してたらガチホモパーティになってたので慌てて軌道修正。 家族関係にして称号も『愛の伝道師』から『円満家族』になりました。こいつらマジで可愛い。 あと『死闘の果てに』のBGMはVPの通常ボス戦闘曲並みに燃える。 2009年 11月9日執筆 八坂潤