結局。 私だけで依頼をこなすのは危ないということでダンテも手伝ってくれることになった。 本人は取り分がどうだの言っていたけれど、いささかそれは言い訳めいて聞こえた。ツンデレめ。 (とはいっても私の捜索範囲は狭いんだよなぁ・・・・) 事務所の近くをぷらぷらと歩きながら溜息をつく。 この周辺は言ってみればダンテの支配下なので治安は比較的いい方らしい。 最近になってその縄張りの境界などが分かるようになってきたので、アミュレットと注意さえ忘れなければ出歩ける。 (ダンテが居ればもっと遠くまで探せるのに、他の心当たりに行っちゃったし・・・) この依頼の主力である彼は、エンツォさんの掴んだより確率の高い場所をあたっている。 だから私のやっていることは、まぁなくし物をした時にポケットを念入りに探しているようなものだ。 自転車の鍵とかは案外あるものだけど人間は果たして見つかるのだろうか。 (まー、同じ女の子だって言ったってそんな簡単に見つかるわけが、) ゴミ箱の影を覗いた瞬間、はっと息をのんだ。 うずくまっている金髪の長い髪の少女、水色のエプロンドレス。 そんなまさか、けれどコピーされた写真と彼女を見比べてしまう。けれど見えない表情以外はすべて相似。 (なッ・・・なんで!?なんで私がこうもあっさり発見できるの!? まだ探し始めて1時間しか経ってないのに、それになんで、ここに?あれ!?) 対象があっさり見つかったことに対する達成感と喜びは一瞬。 すぐさま喉元までせりあがってくる違和感に声をかけられない。 うまくいきすぎている。できすぎている。 大金をかけてまでの捜索願が出されているというのに、この程度の労力で簡単に見つかってしまうなんて。 もしこれが自分の努力の結果なら素直に喜べる、けれど私は何もしていない。 これではまるで誰かがお膳立てしてくれた当然の結果じゃないか。これは、どういうことだ。 (ともかく、いずれにせよこんな女の子を一人でほっておくわけには・・・) 裏にどんな作為があるにせよ、そんなものは後で調べてもらえばいい。 最後に写真と現実を見比べて今度は確信。 なるべく笑顔を作って警戒心を与えないように明るく話しかける。 「こんにちは。あなたが、アリス?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 私の声に反応して少女が細い首をもたげた。 顔は写真の通り。 私と目が合い、虚ろな青い瞳が軽く瞠られる。 つられて周囲に視線をやるが特におかしなところはない。少女は何に気付いたのか。 視線を戻すと先ほどの虚ろな瞳に戻っていた。 深海色に陰った瞳が沈黙を守っている。なぜだろう、この反応の薄さ。自分が探されていることに気付いていないのか? いや、そうでなくてもいきなり知らない人に話しかけたらもっとリアクションがあってもいいと思うんだけど。 もしかしたら酷いことでもされた、もしくは遭ったのだろうか。 けれどエンツォさんは別に誘拐だとは言っていなかった、はずだ。 「え、っと、あなたを探してほしいって頼まれて、私・・・その、」 意味をなさない身振り手振りで自身が敵意をないことを拙く説明する。 しかしアリスは何も答えない。 ただ人形めいた視線をこちらに向けて発信し続けるだけ。 依頼人の名前でも出してみればと思ったが、そういえば聞いていないことに今更気付く。 こんな子供を探しているのだ、きっと両親だとは思うけれど・・・・参った。どうやって信頼してもらえばいいものか。 「あの、私、悪い人とかじゃなくて!ほら、これ!!」 例の写真を少女特有のふっくらとした鼻梁に突きつける。けれどやっぱり無反応。 さっきから自分が独り相撲を取っているようで空しくなってきた。私、何やってるんだろう。 しかし音もなく少女が立ちあがり私の服の裾を小さな手がつかんだ。 「・・・・・・えっと、一緒に行ってくれる、の?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「じゃ、じゃあ行こうか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 差し出した手は握り返されない。服の裾がお気に召したのか。 相変わらず言葉は返ってこなかったけれど了承の意として受け取り、裾はそのままにゆっくりと歩き出す。 貝のように押し黙ったままのアリスはいっそ不気味で、ちょっと背筋が寒くなった。 「きっとお母さんとお父さんも心配してるよ。 ダンテに名指しで依頼が来るくらいだし・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 本当に喋らないんだけど、この子ただ単に人の話を聞いてないってオチじゃないよね。 コツコツと自分のパンプスが奏でる高い音と少女のひたひたという小さな足音が調和する。 そういえばこの子、裸足だけど辛くはないのだろうか。 どうせおんぶしようとしても無視されるだけだろうし、注意深く地面に視線を落として何も落ちていないクリーンな道を辿る。 (そういえばこの靴も大分痛んできたなぁ。元の世界にいたときからずっと履いてるし) こっちに来る際に着ていた服は血まみれになったり、もう携帯電話や携帯音楽機は充電が切れて使えない。 その中でも唯一無事な姿で残っている元の世界の思い出の品といってもいい。 ああ、思い出せばこれはお母さんに買ってもらったんだったな。 「さぁ、着いたよ。入って、中の方が安全だから。」 しんみりとした気持ちを払い、事務所のドアを開けて中に少女を招き入れる。 人形のようについてきたアリスは入り口で墓標のように佇んだまま入ろうとしてこない。 疑問を感じながら少女の細い手をとってドアをくぐるとあっさりとそれに従った。 「お茶でも淹れるよ、ちょっと待ってて。」 紅茶かホットミルクか、考えながら上着を脱いで壁に掛ける。 胸元でアミュレットの鎖が揺れて華奢な音が静かな室内に微かに響いた。 「砂糖とミルクはいる?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・それ、」 「え?」 初めて女の子が喋った。 温度を感じさせないような虚ろな音に思わず振り返った瞬間、強くアミュレットの銀鎖が引かれる。 首を締め付けられるような形となり蛙のような苦鳴が漏れた。 「これ、ちょうだい?」 「はぁ!?え・・・・ちょっ、くるしっ」 「これ、ほしいの。」 少女は先ほどとは違い、薄い笑みを浮かべて私に玩具をねだるようにおねだりする。 虚ろな深海色の瞳はさらに暗く深淵となってアミュレットを飲み込もうとしていた。 「ッ!!」 ぞわっと背筋を何かを這いまわりとっさに細い手を勢いよく払おうとした。 しかし予想以上に強い力で鎖を握られて振りほどけない。 無我夢中で少女の手に勢いよく爪を立てようとしたが、体温を感じさせないあまりの冷たさに怯む。 (まさか・・・・これって・・・・・・) 人間じゃない。 非常に不本意ながら最近縁があるアレだ、悪魔だ。 見た目こそ人間のかわいらしい少女の姿をしている―――否、金糸がざわざわと風もないのに触手のようにたなびく。 避けた口からは鮫のように鋭そうな牙、蛇のように長い舌を覗かせたおぞましい形相となっていた。 恐怖にパニック状態に陥りそうになるが根性で抑え込む。 初めての遭遇じゃない。こっちに来てから何回も会ってきた。もっとも、頼りになるダンテは傍にいないけれど。 「ねえ、ちょうだい?」 悪魔の手がぶれた、瞬間に喉元に極微の痛みが走った。 突きつけられた指の先から痛みと熱が零れだす。少し考えてわかった、鋭く尖った爪が首元に浅く刺さっている。 流れた血の匂いに気分をよくしたのか、顔が少女と人間らしさを取り戻す。怖い。 「・・おねがい。ね?」 細い首が傾げられ、可憐な唇が私の耳元に寄せられるが吐息は凍てつく雪乙女のそれだ。 童女をなだめるような優しい口調も、恐怖を煽るような声色が重なれば魔女としか形容のしようがない。 ――――おねがいなんてかわいいもんじゃない。 断ればお前の命を奪ってやるという、猿でもわかる脅しだ。私は人間だ。 (でもこれは、ダンテのお母さんが遺した・・・・) 初めてお母さんのことを話してくれた時のダンテの郷愁に満ちた目。 これを預けてくれたのは、私を信用してくれたからだ。 だから自分の命惜しさに、素直に悪魔にこれを渡してしまうのはダンテの信頼を裏切ってしまうことになる。 少女の手を押さえていないもう片方の手が机の上をまさぐり金属の何かを握り、感触を確かめる。 萎えかけたなけなしの勇気に灯がついた。 「ッうああああああああああああああああああああ!!」 握りしめた何かを悪魔の白い手に全力で叩きこむ。 それは掠りもせずに空を切ったが、一瞬の隙を作れただけでも十分。 弾かれたように床を転がり握りしめたままのそれを悪魔に突きつけてやる。 ・・・・・・よく見ると握りしめた金属の何かはフォークだった。なんてことだ、これじゃあ威嚇にもなりはしない! 「ダンテ、ダンテ・・・・」 せめて、銃を。 頼りになる彼の名前をおまじないのように呟きながら、不覚にも一瞬だけ悪魔から意識を逸らしてしまい無防備になる。 刹那、見えない力に壁に吹き飛ばされ押さえつけられた。 息もできない圧迫感に喘ぎながら敵を睨む。また少女の輪郭がぶれていた。 「ッ!!」 悪魔の周囲にはフォークが、ナイフがビリヤードの球がジュークボックスが、ありとあらゆる物が浮遊している事に気付く。 ゆらゆらと揺れるそれらは全て私に凍えるような殺意と存在しない視線とを投げかける。 ポルターガイスト、という言葉が頭をよぎった。 物が勝手に動き回る有名な心霊現象。 「やめ、」 再度の衝撃。今度は大小あらゆるものが物理的な痛みまでもが容赦なくぶつかってくる。 今朝まで慣れ親しんでいた事務所の物が攻撃してきているのだ。咄嗟に腕で顔と頭を覆いながら伏せる。 ビリヤードの球が側頭部を打ち、フォークが腕に刺さり、ジュークボックスが壊れる音が遠くで響く。 激痛ではないが、痛みに悲鳴をあげながら攻撃が止むのを待って顔を上げる。 小柄な少女の体が宙に浮かんで、嘲弄するように手の中を見せつけた。 炎の色に輝くアミュレットを自分のものだと言わんばかりに得意気に。挑発的に。 胸元を探る。 当然そこには何もぶらさがっていない。先ほどの攻撃で奪われてしまった。 「そ、れ・・・返し、て!」 私の言葉なんて耳にも通っていないかのようにアミュレットに愛おしげにほおずりする。 怒りに視界がゆがみ、全身が総毛立つ。絶対に奪い返してやる。 「ッ返せ・・・・・・・・・あっ!!」 まだ衝撃と痛みから回復していない体を引き摺り相手を追う。 芋虫のようにゆっくりとしか動けない私を嘲笑い、悪魔はドアから出て行ってしまった。 ――――ダンテの宝物を奪われた。 追いかけなければとわかっていても足が竦む。 さっきの攻撃で体のあちこちが痛い。たぶん血も少し流れている。 もしこれ以上深追いすればもっと痛い目に遭わされるかもしれない。殺されるかもしれない。 (・・・・ッ迷ってる場合か、私!!) ダンテの机の中に突っ込んである銃を適当に引っ掴んで勢いよく事務所を飛び出す。 扱えるか、撃てるかなんて考えていられない。ないよりはずっといい。 あの悪魔は事務所の前で待ち構えていた。扉から出てきた人間を見て鬼女の笑みを浮かべる。 まるで追うと決めるまでの葛藤、そしてこれからの追走劇への期待を楽しんでいるのかのように。 「逃がすかッ!それ返せ!!」 くすくすという挑発の笑みとともに少女が舞うように空中を滑る。 すぐさま追いかけるがこっちの世界に来るときに履いていたままのパンプスが運動によれる。 少し迷ってから靴を脱いで裸足になってそのまま追いかけた。笑いそうになる膝がもどかしい。 「待っ・・・・待てっ・・・・・こ、んのくそ悪魔!!」 石畳の冷たさと小さな破片に足裏がじわじわと苛まれるが構ってなどいられない。 ただでさえ平均より少し(自己申告)足が遅めなんだから少しのロスも許されないのだ。 冷静になると宙に浮いた悪魔(見た目は幼女)を必死の形相で追いかける素足の女の図、っていうのはシュールだけど本人は必死だ。 一人分の足音のみで、小さな追走劇がひそやかに始まった。 「・・・・遅かったか、くそッ!」 エンツォの情報通りの館に行ってみれば、悪魔の巣窟。 鼻歌交じりで蹴散らすも、そこにいたアリスもダミーの悪魔でいやな予感がした。 普段ならいざ知らず、今回はも関わってしまっている。 は悪魔と相性がよすぎる。どんな悪魔も虜にしてしまう(本人はまったく喜んでいないが)性質がある。 予感の通り、家に帰ってみると荒らされた室内が俺のことを無音で出迎えた。 いつもは綺麗に掃除された事務所とが待っていたというのに。 腹いせに壁を殴りつけるとぱらぱらと微量の埃が舞う。 (まさか、を釣り上げるためにでっちあげられた依頼だったのか?) とりあえずこんな糞のような依頼を持ってきたエンツォは後で吊るしてやる。 情報屋、仲介屋のくせになんて体たらくだ。 憤怒のままに足音も荒く、室内から手掛かりを探そうとすると足元からぐしゃりという音が聞こえた。 目線を落とすと今朝までは見かけなかった可憐な白百合が落ちている。 拾い上げて調べると、その白雪の花弁には赤いインクで書かれた住所―――どう考えても招待状だ。 「・・・・」 ぐしゃりと花を握り潰し、無音の悲鳴と共に散る花はそのままに住所の場所へと急行する。 空はもう日が沈みかけ、悪魔の時間を迎えようとしている。 そうなればただでさえ低いの生存の可能性は限りなく底辺へ近づいてしまう。 死んだ時に見た母の最期と似もしないの姿が重なった。 柄にもなく心の底から乱され、心配している。今までとは違う焦燥感があった。 (頼むからお茶会のお菓子になんかされてんなよ・・・・!) 放たれた矢のように赤い悪魔が高速で地を駆け、髑髏の低級悪魔が弄ぶように彼を導き、また刃に倒れた。 悪魔の名残だった砂や埃がビロードの赤絨毯となって、武骨な石畳にささやかな彩りを加える。 どこかで狂った帽子屋と発情期の兎が下卑た笑い声を漏らした。 NEXT→ ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき。 ちょっぴり漫画に準拠。 主人公がアリスの正体に気付かなかったのは、元人間だったから鼻が効きにくかったようです。 あと結界も、住人である彼女が招いたので意味はなくなってしまいました。 で、この回の参考となるべき漫画の二巻が見つからないんだけどどういうことなの・・・ っていうか三巻はいつ出るの・・・レディの話とか正座して待っているのに。 次回バージル登場できたら、いいな!いや・・でも次の次くらいかもしれない。 予想以上に皆さんがバージルに訓練されている(もしくは訓練待ちな)ようで何よりです。 そうですね、私達の業界ではご褒美でしたね。愚図とか言ってもらいたい。美耶子みたいに。 でもイメージ的にバージルって気に入った人間にしか毒吐かないと思うんだよね! それ以外は注意すらめんどくさいから無視するか斬りそう。 バージルのコミュニケーション力不足は深刻。 けれどダンテのようにおしゃべりだと私が困る(口調、まだ、掴めてない←このセリフ何度目だろう タイトルは、まぁ分かる人には分かるということで。 メガテン3にはなぜアリスが出ないのか・・・マーラ様もいないからライドウ・人修羅以外どうしようか困った。 2010年 8月23日執筆 八坂潤