まだ薄暗い朝焼けの中を、ダンテの広い背中の上で揺られながら町中を行く。
漫画みたいにぼろぼろな風体の私達だったがまだ人目が少ない時間帯なのが幸いだった。
道路の隅で時折うずくまっている浮浪者もちらりと視線を寄越すだけで突っ込んでくる気配もない。

彼の歩く速度でぷらぷらと足を揺らしながら、眠気をこらえて彼の目の前にアミュレットをぶら下げた。


「ダンテ、これ返すよ。」


疲労感からもう腕を伸ばすのも辛かったけれど、眠くてたまらないけれど、これだけはやっておかないと。

しかし彼はその長い足を止めようともせずにちらりと視線を寄越しただけだった。


「なんていうか・・・私が持ってると、また盗られちゃうかもしれない。
 そんなのは駄目。これはダンテにとって宝物でしょう?だから返す。」

「でも結局、こうしての手に戻ってるじゃねえか。」

「違う、これは・・・・これは、ダンテのお兄さんのおかげのようなものだよ。」


まぁそのお兄さんに一度はこのアミュレットを奪われそうになったんだけど。
そして何で一度は手に入れたものを返してくれたのかは不明なんだけど。

・・・・・・どうして私の事を犬呼ばわりするのか分からないけど!

しかしダンテにとっては死んだと思っていた兄が生きてたなんて相当びっくりするはずなのに、彼はふぅんと呟いただけだった。
個人的にはビッグニュースのつもりなのにいまいちな反応で少しがっかりしてしまう。


「え、ちょ、何その薄い反応・・仲悪いの?」

「さっき胸糞悪いシロウサギに教えてもらったんでね。
 ふぅん・・・兄貴もここに来てたのか。は会ったのか?」

「うん、まあ・・・・ろくに会話もしなかったけれど、一応は助けてくれた、のかな。」

「・・・・・・・・。」


一応、ね。一応。

犬呼ばわりされたり結構酷い扱いを受けた気もするけれどおかげさまで命拾いしている節もあるし。
というか、冷静になると2回も助けられたようなものだからむしろ感謝しなければならないかもしれない。

だが断る。

しかし相変わらず食いつきは悪く、何かを思案するように長い銀の睫毛を伏せただけだった。

というかアミュレットは無視ですかそうですか。結構これ腕が辛いんですがね。


「これ、ダンテのお兄さんも欲しがってるみたいだった。」

「バージル、だ。」

「ばーじる?」

「お兄サマの名前だよ。」

「へえ・・・・ばーじる、バージルさんね・・・」


そんな名前だったのかあの人。舌の上でもう一度バージルという言葉を転がした。
2回も接触して会話もしてるのにお互いの名前を知らないっていうのはなかなかレアな気がする。

・・・・いや、会話と呼ぶのも微妙だしギリギリCER●に引っ掛からない程度の暴力を受けてる、ような?


「そいつはおかしいな・・・兄貴も同じのを持ってるはずなんだが。」

「えっそうなの?じゃあ何でダンテのも欲しがってるんだろ・・・。」

「さあね。そればっかりはどうにも。」


大仰に広い肩が竦められひっついている私の身体も揺れる。

バージルさんも同じものを持っているのにアミュレットを欲しがっている。
兄弟喧嘩の発端にはありがちだけど、二人ともいい年なんだしなんとなくそれが引っ掛かった。
しかし引っ掛かったところで推理するには材料が不足し過ぎているから高校生名探偵にも何も言えない。


「双子ってやつなのかな?ダンテと顔がそっくりだったんだけど、青いコート着てた。
 で、日本刀みたいなのを持ってて髪の毛が逆立ってて・・・それで、」

「それで?」

「・・・・・・・なんとなく、冷たい人だった。氷みたいな人。」


人の家族を悪く言うのは気が進まなかったけれど、ダンテの肩に顎を乗せてふぅと嘆息した。

息さえも凍ってしまいそうな美貌と雰囲気は思い出すだけで心臓に悪い。
それにあの人は本当に私の事なんか人間扱いしてない―――いや、人間扱いだからこそのあの態度だろうか。

同じ人間なのにまるで対等に扱っていない、と思ってそういえばバージルさんも半人半魔なのだと思い直す。

だからあそこまで人間を拒絶するのだろうか。
では彼は悪魔こそ受け入れるのだろうか。

―――でもそうすると、私にかけてくれた情けも、悪魔に対する容赦のなさも、違和感が残る。


(同じ半人半魔でもダンテは人間寄りとか、そういう考え方の違いなのかな?)


ぎゅうとコートを握る指に力を込めて、肩口に頭を擦り付ける。
彼の体温は人間よりも少し低めだけど今の私にはそれがとてもとても大切なものに感じた。


「?」

「んー・・・いやなんでも。」


もしもダンテがバージルさんと同じような考え方になってしまったら、それは悲しいと思う。

自己保身の意味を抜いてもそのまま人間の、私達の味方でいてほしいと思う。
それがこの人にとって辛いことなのかは分からないけれど―――、でも私には縋れる人はあなたしかいないのだ。


「えっと、まぁダンテとは外見以外は正反対だった。
 ダンテは一緒にいると安心できるんだけど・・・あっちはなんか怖かった。」

「――――つまり俺が怖くないって言いたいのか?気絶する前に見たんだろ、俺のあの姿。」

「?ああ、あれね・・・・」


そうか、今日はそんなこともあったのか。
カルピスの原液みたいにやたら濃い1日だったから埋もれそうになっていた。

改めて思い出すとあの時の不安や恐怖が蘇ってきたが、でも自分でも驚くべきことにそれをきちんと受け止められる自分がいた。
帽子屋の悪魔、自分と同じ形をしたバージルさんでさえ恐ろしいと感じるのに、ダンテは例え悪魔の姿になっても。


「うーん、まぁ途中から記憶が飛んでるけど結局またダンテに助けられちゃったんだよね?
 遅れちゃったけどありがとう。いつも足手まといになっちゃってごめんね。」

「他に、何か言うことがあるだろ・・・」

「え?ああ、アミュレット盗られちゃってごめんなさい。
 もらったブレスレットを一日で失くしてアミュレットもすぐになくなったら私どうしようかと、」

「そうじゃないだろ!!」


何かが爆ぜるような声にびっくりして呼吸が止まる。
いつもは甘い言葉を囁く声が激情を湛えていて、珍しく余裕のない様子に内心で冷や汗が垂れた。

も、もしかしなくても感謝と謝罪に誠意が足りなかったんだろうか・・・いやほんと申し訳ないとは思って、


「・・・・お前は俺のあのザマを見て、死にかかって、何とも思わないのか?」

「・・・・・・・・・うーんと、あんなのってもしかしてダンテの悪魔姿の事?ああ、うんびっくりした。」

「びっくりってお前な・・・・」


はぁ、脱力したようにダンテの肩が下がる。
この天下無敵の悪魔狩人にこんな態度をとらせてしまうなんて、私の肝も少しは据わってきたんだろうか。

けれど彼にしては珍しいこの殊勝な態度が決定的にバージルさんとは違うものだと少し嬉しくなる。

悪魔に近い考え方だったら当然こんなことを気にするはずがない。
こうして気にして悩んでくれることが、何よりもダンテが人間である証明なのだと思う。

だからもう何も怖くない―――怖くなんてなくなった。


「いや、確かに怖かったし逃げたかったんだけど・・・でも、ダンテをあのままにしたくなかったから。
 それに死にかかるとか今更でしょ?そんなのこっち来て何度目なのか数えるのも怖いよ。」


それを乗り越えていられるのもきっとダンテが傍に居てくれるからなんだろうけど。

しかしただの一般市民が命の危機を感じるなんてそうないだろうに、この短い期間に何度も死を覚悟してるとはね。
ふへへと乾いた笑声が口の端から漏れ、改めて自分が生きているのはダンテのおかげだなぁと思った。


「でもさ、結局あんな姿になってもダンテは私のことを助けてくれたでしょ?それだけで十分だよ。」

「『守ってやる』なんてかっこいい事言っておきながら結局は死なせそうになっただろ。」

「あ、正直ダンテに安全運転なんて期待してないんで大丈夫です。」


みしっという鈍痛と共に視界が銀色で埋まり、一瞬経ってから「ああ私頭突きされたんだな」と理解した。
っていうかこの体勢から器用なことしやがるなこの男さすが悪魔狩人(さすがに何か違う


「いっだ・・・まぁ、さ、私達の間で経過を言ったらキリがないと思うんだけどなぁ。
 最初から仲良かったわけじゃないし、むしろ最悪だったし。
 けれど今はこうして冗談とかも飛ばせるくらいに仲良くなれた。おんぶもしてくれるし。」


彼の目には映らないけれど、へらりとだらしなく頬が緩むのを感じる。
演技ではなく心から、すっかり私はこの半人半魔の男に気を許してしまっている。

その危険も承知の上で―――全て受け入れた上で。

もしもダンテが悪魔になって私を殺すようだったら、その時は仕方がないとさえ割り切れるほどに。
この広い背中を信頼して命を預ける以上の解決策なんて私には思いつかない。


「今回もこんなことがあったけど結果としてダンテは元に戻ったんだし、こうして私の事を気遣ってくれる。
 ついでに言うと私もびっくりはしたし怖いとも思ったけど、でもやっぱりダンテの傍は安心できると思う。
 ほら、いつも通りだよ。私、この程度でダンテのことをイヤになったりしないよ。」

「―――――、」


ま、ダンテがどう思ってんのかは分からないんですけどね。

さっきから珍しく黙りこくっているダンテに若干の不安を覚える。
私的には結構いいことを言ったつもりなんだけど、一方通行だったらどうしようもなく恥ずかしいなこれ。


「ええと、ダンテさん・・・あの」

「そのアミュレット、やっぱりが持ってるべきだな。」

「はぁ?あ、いやだから私が持ってると危ないから、・・・って人の話聞いてた?」


チッせっかく珍しく良いこと言ったというのにこの男は・・・・。

ぶちぶちと内心で愚痴を漏らしながら唇を尖らせる。
と、そこで整った指先が私の手にぶらさげていたアミュレットを攫い、器用にこちらの首にかけた。


「過程なんか気にするなって言ったのはそっちだろ。」

「・・・そう、だけど。」


でもこれをダンテがどれほど大切にしてきたか知っている。
本当だったらポッと出の他人なんかに触らせるのもきっと嫌な位に。

それをいつ盗られるかもしれない相手に預けるなんて、


「そのアミュレットは親父が母さんにくれてやったやつなんだ。
 弱い人間だった母さんを守る様にってな―――だから、お前が持ってた方がいい。」

「―――――、」


悪魔が人間を守るために―――それは、なんとなく今の私とダンテに重なったような気がした。

いや、いやいやいやいやいや私達の間に愛とかそういうのはないんですけども。
でも私を守ってくれるという意思表示では、あるのだろうか―――かつてダンテのお父さんがお母さんにそうしたように。

なんとなく心が温かくなって嬉しくなって、アミュレットを胸元にぎゅうと抱き寄せた。


「このアミュレット・・・大事に、守るよ。約束する。」


かつての悪魔と人間のように、ダンテが私を守ると約束してくれたように。


「―――守るのは結構だがそれで命を落とすなんて真似は勘弁してくれよ。
 アミュレットは取られたら取り返しゃいいんだ・・・けど、の命は取り返せないだろ。」


その言葉にはっと息を呑む。

図書館で会った時、バージルさんは当たり前のように私の命よりも本を優先すると言った。
けれどダンテは当り前のように宝物のアミュレットよりも私の命を優先すると言ってくれた。


「・・・・・うん。ありがとう。」


ほら、同じ外見をしていてもこんなにも違う。

あなたは優しい。
だから私は、ダンテ自身が恐れるように彼が悪魔に心を喰われてしまうなどないと断言できるのだ。

そしてその傍に居ることが世界で一番安全だということも。


「そういやは何で素足なんだ?ついに野生に目覚めたのか?」

「ついにって何だついにって、失礼な。目覚めねーよそんなもん。
 ・・・・靴を脱いで全力疾走して、それを悪魔にぶん投げたら外してしかも教会の中がああなって、行方不明。」

「いいのか?アレってが元の世界から履いてきたものだろ?」

「よくは、ないんだけど・・・」


ちらりと振動に揺れる足に視線を落としてはあと溜息をつく。
泥だらけになってあちこちに細かい傷を作っている足は、それだけで今日からの風呂を憂鬱にしてくれそうだ。


「仕方がないよ。諦めた。ぶん投げた私が悪いよ。」


正直言って未練は、ある。

自分が元の世界から持ってきた物の中で数少ない無事な品物だったから。
安物の靴とはいえ思い出も愛着もそれなりにある。

―――それに今の私にとってはたかが靴でも元の世界の物がなくなってしまうことは、繋がりが消えてしまうようで恐ろしい。

けれど私も取り返そうと無我夢中だったし、自業自得だし、何よりもうどうしようもない。


「・・・・・なんか、安心したら眠くなってきた。」


これ以上、元の世界を惜しむのが辛くて目を閉じる。
重度の疲労感からすんなりと意識を手放す準備はとっくにできている。
後は眠ってしまえば、そうすればまだ少しは割り切れるようになっているだろう。


「そうか寝ろ寝ろ。子供は寝て育つもんだ。」

「子供って・・・もういいや、本当に眠い。まじで眠い。」


おやすみー、と呟いて速攻で意識を手放す。

目が覚めた時には上手に諦められていますようにと、こっそり願いを込めて。























目が覚めると窓の外はすっかり暗くなっていて、朝から夜まで爆睡だったのかとぼんやりと思った。
そして何気なく動かした足の裏に痛みを感じて小さな呻きと共に思いっきり顔をしかめる。

ダンテが運んでくれたであろうベッドの中から起き上がり、次いで全身が軋むような痛みに声もなく悶絶した。
起き上がるのが億劫になって再び布団へ倒れ込む。このまま動きたくない―――けれど。


(シャワー、浴びなきゃ・・・気持ち悪い。)


泥やら砂やら汗やら(少しだけど)血やらで不愉快指数はメーターを振り切っている。

ふわあ、と最後に盛大な欠伸をしてベッドから地面に足を下ろす。案の定痛い。
ずりずりと半ば足を引き摺るように壁に手をついてじりじりと移動する。

そうしてナメクジのようにゆっくりと進んで、やっとのことで1階に辿り着く。


(これ、ちょっと、予想外に、きっつい・・・・)


今更ながら年甲斐もなく靴を脱いで全力ダッシュなんぞしたことが悔やまれる。
まぁ、あの時は無我夢中だったし絶対に逃げられたくなかったし、仕方がなかったけれど。

それからのたのたとした動きでシャワーを浴び(痛すぎて涙目になった)さっぱりしたところでソファーに倒れ込む。


(そういえばダンテはどこに行ったんだろう。)


髪の毛も生乾きのまま、ソファーにうつぶせの姿勢で視線を走らせるが赤い気配はない。
不安に襲われそうになった時に玄関から音が聞こえて安堵の息を吐いた。


「やっとお目覚めか。グッドモーニングとグッドイブニングのどちらをご所望で?
 があんまり起きないもんだからこっちの用事は済ませちまった。」

「ダンテの有り余り過ぎてる体力とひ弱な一般人を比べないでよ・・・。」


ドアの開く音と共にダンテが家の中に入ってきて、空色の瞳が優しく細められる。
何やら箱を手に持ってるのが気になったが、でも確かに私の体力のなさは問題かもしれないとこっそり思った。

ひ弱な一般人と称してはみたけど、その一般人よりも断然に運動神経も劣るのは確かな話だし。


「晩御飯はどうするの?作ろうか?」

「ああ、いいピザ頼んだから。それよりもちょっと身体を起こしていただけませんかお嬢さん?」

「はいはい・・・ってまたピザ頼んだのダンテ。いい加減に飽きろよ。」


今回は自分が遅く起きてしまったのが原因だし、あんまり動きたくないから強くは言わないけれど。

言われたとおりに身体を起こし、横になっていた体勢から座りの体勢に変える。
その足元へダンテが片膝をついて、何をするのだろうと見つめていると整った指先が私の足を恭しく持った。


「な、え?」


お世辞にも細いとは言えない足をあのダンテが捧げ持っている。
まるで忠誠を誓う騎士のような行動に、その気はないと分かっているのにぼっと頬に朱が走ってしまった。

反射的にダンテの柔らかい銀髪を掴むと前髪の間からあの美しい顔が覗いていて、言葉が行方不明になってしまいそう。


「あ、う、だ、ダンテ、何して、」

「いいからいいから。」


疲労と痛みでうまく身体に力が入らない上に、片足を掴まれてはなかなか思うように動けない。
わたわたと慌てる私をよそに、鼻歌交じりに箱から黒いショートブーツを取り出した。

まだ真新しい靴を恭しく私の足に履かせ、長い指が紐を丁寧に、かつ無駄にきつく締めていく。

この男には似つかわしくない硝子を扱うような優しい手付きにますます言葉が形にならなくなって、


(は、恥ずかしッ・・・・・これ、はずかし・・・!!)


ダンテからは私の顔が見えないのがまだ救いだろうか。

しかし多くの人が羨望の眼差しを向けるような美貌の男が真摯な顔で足元に跪き、靴を履かせている。
大体ダンテなんてプライドがお高いんだからこんなのやらない、と思ったんだけど。

なんとなく背徳感さえ覚えるような光景に理性がぐらぐらと揺れるような心地だった。

相手がすごい駄目男だと言うのも分かっているというのに、全くそういう関係じゃないのに!
というか何でコイツこんな事してるの?何なの私恥ずかしくて死ぬの?爆発するの?

そうこう悶絶している内に整った指が紐をぎゅうと結んで完成した。


「・・・・随分ときつく縛るね。」

「ああ。これなら簡単に脱いでぶん投げたりしないだろ?」

「まあね・・・・って子供か!!」


いや確かにぶん投げたりしたけれど、普段からあんな事やってるわけじゃない。
陶酔感も一瞬で醒めてすぱーんと軽く銀髪を叩いておいた。

もっと文句を言うべきか迷っている内にダンテの指がもう一方の靴も同じように無駄のない動作で履かせていく。


「もしかして手慣れてる?さすが色男ってか。」

「―――俺が靴をはかせてやった人間なんてだけだからな。自慢してもいい。」

「ばっ・・・や、やめようよそういうこというの!恥ずかしくなるから!!」


ただでさえ色々と限界だったのに、わざと甘い声でそんなことをのたまうものだから完全に何かが撃沈する。
ずるずるとソファーに身を沈め、せめてもの抵抗に林檎のような顔を見せないよう両手で抑えた。

こういう手合いに関しては一生ダンテに勝てないと思う。経験値が違いすぎる。


「あー、えーと、靴のお金は、」

「こんなイイ男に貢がれたんだからせいぜい大事に履いてくれよ?」

「貢ぐって、くれるの?これ?」


最後にもう片方も紐を結んだ気配がして、顔を隠していた私の手を引き剥がす。
恐る恐る開けた目の間から実に満足そうな表情をした王子が居た。


「には硝子の靴よりもこっちの方がお似合いだろ?」

「―――――、」


自分の足を見下ろすと、洒落た黒ブーツが私の足を飾っている。
ダンテは普段の格好こそアレだがもちろんセンスは悪くない。むしろいい方だ。


(これは・・・結構好みのデザインかも。)


試しに軽く足をあげてみると・・・・なるほど、柔らかい素材だし軽いし底は浅く作られているから歩きやすい―――逃げやすい。
そして何故かサイズもぴったりで、わざわざ私の為に買ってきてくれたものだというのは明白だった。


「ありがとう、ダンテ。」


あのダンテが私のことを想って選んでくれた靴。頬が緩むのが止められない。


「―――ちょっと走る程度で脱げる靴なんかよりもこっちの方がずっといい。」


ダンテがくれた黒いブーツは硝子のハイヒールとは違って美しくはなかったけれど、でも私にはこちらの方がずっと輝いて見えた。







































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あとがき。
ちなみに久し振りに食べた白米は天国の味がしたそうです。

跪いて靴をはかせるというシチュエーションはすごくいいものだと思います。
ダンテもバージルもプライド高そうだからあんまりやってくれなさそうだけど。

久し振り過ぎて文章の書き方をすっかり忘れて・・ました・・・・。
話自体はずっと前から考えてあったのですがなかなか描写に納得がいかなかった。

定期的にバージルに罵られたくなるんだけど、残念ながら彼の出番がまだ少ない。


2011年 6月16日執筆
(C)八坂潤 
 

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