――――バージルという男は、つまり一体どういう人間なのだろう。

いや、ダンテの兄だというのなら人間というには些か語弊があるかもしれないが。
肝心の弟に聞いてみても曖昧な返事が返ってくるばかりであまり参考にならない。
でも質問された本人にしたって半ば生き別れ状態、しかも死んでいたと思われていたんだから無理もないだろう。

あの図書館で会ってから数日、合った回数はたったの二回。
ファーストコンタクト―――図書館では私に全く興味を示さずむしろ、本>越えられない壁>>私状態で荷運びを任される。
セカンドインパクト―――あの崩れた教会跡地でアミュレットを巡る小規模な戦争の後、取り上げておきながら何故か返してくれる。

そう言えば両方とも、ついでレベルだけど奇跡的に命を助けられている。
あと二回目は犬呼ばわりされていることも思い出し若干泣きたくなったけれど、私は元気です。


(それにしてもあの人、何を考えてるんだろ・・・・)


いい人、というには助けられた私が言うのもアレだがそうでもないようだ。
では悪い人か、と聞かれても同じ理由とアミュレットの件で答えに窮する。

思うに、彼は一般的な善悪観ではなく独自のルールで動いているように感じる。
そのルールを乱す人間は例え悪魔でも―――人間でも敵と認識されて排除されるのだ。あの悪魔のように。
そして私は偶然にもそれを犯すことなく、きっと紙一重の偶然で生かされた。

ならばその謎の条理を理解することができれば彼とうまく付き合うこともできるのではないかと。


(・・・・で、そんな謎の男がどんな本を借りているのかとめくっては見たけれど。)


緩やかな午後の陽が窓から差し込むのを背中に浴びながら机に載せた例のクソ重い本のページを手繰る。
装丁は重々しく、一切の挿絵も注釈もなくただ憮然と字が並んでいるそれは眺めているだけでも億劫だ。

これでもしも見た目がダミーで中身がジャンプだったら生涯のソウルメイトになれただろうに、非常に残念である。


「ふむ。なるほどわからん。」


賢者のような表情で諦めを悟り、ぱたんと静かに音を立てて本を閉じて椅子に座った態勢のまま伸びをする。

言っておくが私の頭が残念だとかそんな残念な理由ではない。
そもそもこの本に使われている言語は私が今まで生きていて見たこともないような文字なのだ。
教科書で見ていたような象形文字のような形態で、だがその形からは何の想像もできない。

バージルはこの謎過ぎる文字を解読できるというのだろうか。
もちろん読めない本を借りる道理はないが、あの人はこの本からどんな情報を得たかったのだろう。

ちなみに弟のダンテにこの本を見せてみたら5秒でギブアップされた。それは根性なさ過ぎだろうさすがに。
まぁ結局は私も根を上げることになるのだが、しかし数日間ダンテのいない時間の暇つぶしとはいえ挑戦した根性は買われるべき。


(まるで正反対だなあの双子・・・漫画みたい。)


途方もない強さは、私は凄腕の格闘家でなければスカウターも持っていない私には同等に見える。
敢えて言うのならダンテは荒々しくパワーで押し切るようだけれどバージルは洗練された静かさを持っているようなイメージ。逆。

冗談のような美貌は、双子というだけあって等しく美しい。ご両親のDNAはさぞかし優秀だろう。
しかし浮かべる表情はダンテは基本的にニヒルだけど時折見せる悪戯っぽさが子供のようで、バージルは常に無表情か不機嫌そう。これも逆。

考え方・・スタンスとでもいうのだろうか、私には言葉が貧しくてよく分からないけれど言うならば善悪の基準。
ダンテは軽薄さを装っているが私を保護する優しさがある、公共物の破壊には躊躇いがないけれど根本的には考え方は善、だと思う。
しかしバージルは・・・・さっきも言った通り、分からない。けれどその考え方はダンテよりも悪いことに躊躇いがないように感じられる。


(うーんうーん、でもこのアミュレットを狙っている限り、また会うことになりそうで・・・)


無意識に弄っていた胸元のアミュレットの銀鎖を弄る。
家主のいない静かな室内に音が響き、それだけでなんだかほっとできるような心地だった。

―――理由は話してくれなかったけれど、バージルはこのアミュレットをどうやら欲しがっているようだった。
ダンテは「向こうも同じものを持っているはずだ」と口を尖らせたが、彼だって単なる兄弟の所有欲のそれとは違うと理解しているだろう。

そもそもそんなのが許される年ではないし。
弟なら、まぁありえなくもないだろうけれどあの兄のほうはそんなキャラじゃないし。


(それまでになんてゆーか、相手のキャラを把握して対処法、みたいなのを掴みたかったんだけどな・・・)


うまく相手と付き合い、あわよくば穏便に諦めてもらいたいと考えていたのだが。


「えっ?」


軽い音がしたような気がして振り向くとそこには、まさしく頭の中を占めていた男の姿があったのだから、それはもう驚いた。

椅子に座ったまま石造のように硬直する私を意に介する様子もなく優雅に窓枠から部屋に侵入すると薄氷色の瞳が私を見る。
そして興味もなさそうに目線をアミュレットに移動させ、そこで少し顔を顰めてからまた視線がうつる。

何を見つめているのだろう、と私も追ってみるとその先は机の上。例の本だった。

そういえば本を預かっていると言ったような気がする。だから来たのか。それともアミュレット狙いか。
しかしそれにしたって玄関から入ればいいものを、事前連絡なしの窓枠からの侵入なんて文明人のやることじゃないぞ。


「・・・・・この本を、取りに来たの?」

「・・・・・・・・・・・。」


またアミュレットを奪いにきた、と言われたらどうしよう。

私の問い掛けなんて風の音のように聞き流し、その長い足が動いて本の、私の傍に近付く。
不安になってアミュレットを強く握り締めてしまう小心者を強者が見下ろしていた。


「・・・・・・えっと、あの、」

「―――貴様は何故ここにいる。」

「は?」


ぴたり、と瞬きをする間に私の目の前に刀を突きつけられる。
正確には抜いてはいない鞘の状態だったが、それだけでも自然と緊張で喉が鳴った。

質問ではなく尋問。詰問。
この人は私に対して、いや、誰に対してもきっと友好的に接しようとしないのだろう。
ならばせめて彼のルールを損ねないようにうまく立ち回らなければ、きっとよくない未来が待っている。


「質問の・・意味がよく分からない。」

「貴様のような犬がここに居つく理由が分からん。家出か?」

「はあ!?そんなんじゃねえよ!!」


あんまりな言葉に相手のすました表情を張り倒してやりたくなる衝動に駆られるが、どう考えても勝ち目がない。
それでも躊躇ってから浮かしかけていた腰を椅子に戻した。
・・・・あと冷静になれば、一瞬言葉がアレだったんだけど刺されたらどうしよう。

しかし刀を抜く気配はなく、私のことについて話すかどうか迷った挙句に正直に話すことにする。
この人もダンテと同じ悪魔退治屋なのかは知らないけれど、ダンテよりもきっとその手の造詣は深いのだろう。
あわよくばこの状況に対するヒントをもらえるかもしれない。確率は低いけど。


「・・・・・・私が、ここにいるのは、ダンテが助けてくれたから・・・
 よく分からないけれど、突然廃ビルで私は倒れてて、周囲は、血まみれで・・悪魔が一杯で。
 でもどうやってあそこに行ったのかとか、そういう前後の記憶が全くない。
 そもそも私、日本人だし・・・日本から何でアメリカに移動してるかも謎だし・・・・」


ちら、と相手の反応を伺うが眉一つ動かした形跡もない。
同情や慰めが来るとはこれっぽっちも思っていなかったけれど、この無反応には溜息をつかずにはいられない。

っていうか今気付いたけどこれってもしかして私、不法滞在じゃね?警察とか駆け込めなくね?あれ?


「だから家出じゃない・・むしろ私、帰りたくてたまらない。
 けれど何故か悪魔を引き寄せるような厄介な体質になっているみたいで・・・・
 それを解決しないと家族や友達に迷惑がかかるから、だからダンテにその原因を探ってもらう依頼をしてるの。
 そしてその間、ここで保護してもらってる・・・・私がここにいるのは、そういうことだよ。」


語り終えてから溜息を吐いて再び相手を仰ぐが、やはり反応は返してくれないようだ。
いや、さっきよりも眉を顰めて怪訝な表情を浮かべているように見える。不可解だとでも言いたげな顔。

意識を一瞬だけ外に向け、白馬の王子様が現れるタイミングのごとくダンテが現れないかと期待したがそううまくはいかないらしい。


「貴様は、自分のその妙な性質を自覚した上でここに居るのか。」

「え?ああ、うんそうだけど・・・・」

「―――あの愚弟が貴様を殺すとは考えないのか?それともそこまで脳が退化しているのか?」

「・・バージルさんって私のこと相当馬鹿にしてるよね。知ってた。」


チッと舌打ちはあくまで内心に留めながら小さく悪態づく。
気に食わない質問の仕方だがもちろんここでも私に黙秘権なんてないのだろう。
それにしても何でダンテがいないこの絶妙なタイミングに限ってこの人は現れるんだ。空気を読め。っていうかダンテ早く帰って来い。


「まぁ、実際殺されかかったりしたこともあったけれど・・・でもこのアミュレットがあれば大丈夫らしいよ。
 ―――それに、これがなくてもたぶんダンテは私を殺さないと思うよ。」

「・・・・根拠は。」

「へ?こんきょ?根拠?えー、根拠ねえ・・・し、信じてるとしか。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


帰ってきたのは無反応と沈黙。

確かに愛とか希望とかからは縁遠そうな男ではある、からまぁこの絶対零度の反応も仕方ない。
むしろコイツが花を愛で蝶を追いかけお星様と愛を語らうようなメルヘェンな人だったら逆に困る。

私の失礼な思考をよそに美しい美貌が冷厳な裁判官のように私を見下ろしていた。
ごめんなさいっていうか、え?心はさすがに読んでないよね?もうしないんで睨まないでください。


「あの愚弟も半分とはいえ悪魔だが?」

「でも半分は人間だよ・・・・そしてきっと私は、その半分を信じてるんだと、思う。」


は、恥ずかしい・・・・!!

そこまで言ってから自分の頭を抱えて床にめり込みたい衝動に激しく駆られる。
いくら妙に誤魔化したり照れ隠しをしたら刺されるかもしれないという状況でも、なんだか自分の台詞が気恥ずかしい。
いや紛れもない本音なんですけども。ダンテのことも信用してるんですけども・・・・!!


「・・・・・・・・・・・。」


私の青臭い台詞にも、バージルは意外にも鼻で笑わずに長い睫毛を伏せただけだった。
正直に答えたのだから刺されることはないだろうと何となく思っていたが予想外の反応だ。きっと毒を吐かれると思ったのに。

もう語るべき言葉もなく、向こうも沈黙を保つ為にしばらく場に静寂が横たわる。
この人は見れば見るほど弟に似ている。けれどその内面は全く違うと、やっぱり理解してしまった。


「―――貴様は、」

「・・・なに?」

「貴様はそれを置いてこの街から去れ。」

「・・・・・・・え?アミュレットはともかく、この街から、え?」


ここから出て行かなければならないの?どうして?

忠告めいた言葉に目を白黒させると再びバージルの手が私に伸ばされる。
刀を持たないほうの手のひらが首元へと、しかし反射的にそれを握り締めて思いっきり首を振った。

これは駄目だ。渡せない。

視線でそう訴えると艶やかな唇からは陰鬱な溜息が一つ。
白い手はそこから軌道修正をして背を追い越し机の上の本を拾い上げた。

椅子に背を押し付けるようにして身を竦ませる臆病者を氷の美貌が一瞥する。
しばらく無言の視線の問答が行われた後、色素の薄い瞳が一瞬だけあの時のように揺らいでから踵を返した。

その揺らぎは、一体、


「いま、今のってどういう、」

「――――忠告はした。」

「忠告?何の忠告、え?」


青い背中は相手の表情を隠してしまい、その真意を図るより早く猫よりも密やかに姿を消してしまった。
魔法のような所業に慌てて窓枠に駆け寄るがもはや気配も痕跡も一切残していない。
屋根に目を走らせてもどこにも彼の姿は見えなくなっていた。

さっき魔法のような、と評したがこれは本当に魔法のなのかもしれない。
ダンテが使っている姿を見たことはないけれど彼らは半分悪魔だ。手品だって魔法だって、きっと。

そして数秒遅れてから階下ではガタガタという音が響きダンテの声が聞こえる。
まるでドラマのようなタイミングに、ああこれは偶然ではなくバージルは弟の気配を察知していち早く去ったのかなと思った。


(・・・今ダンテが帰ってこなかったら、これは奪われてたんだろうか。)


でもさっきは奪おうと思えば奪えたのに、そうしなかった。見逃してくれた?何で?

目で胸元を確認し、未だアミュレットが炎のように輝いているのを確認し安堵する。
たった数分の邂逅だったというのになんだかどっと疲れてしまって、ふらふらとベッドの上に腰を落とした。

ダンテの呼び声が聞こえるが未だ私の頭の中はぐるぐるとさっきの言葉が渦巻いている。
ついに自重を支えるのも億劫になって背中から倒れこんだ。


(この街から出て行けってどういうことだろう・・・まるで、まるで避難勧告、みたいな・・・・・
 地震でも起きるって言うの?だったらどうしてそんな事分かるの?だったらアミュレットを置いていく理由は?)


そして何よりも分からないのがそれをわざわざ私に忠告したこと。

仮に地震だとすれば、鈍臭い私は放っておいても勝手に死ぬ。
その死体からアミュレットを解決すれば万事解決なのでは―――その前にダンテが助けてくれると思いたいけれど。

薄汚れた天井を眺めながらあの時一瞬揺らいだ青い瞳の意味を考え、それは返事がないことを訝しんだダンテがドアを開けるまで続いた。







































NEXT→ 
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
あとがき。
ちょっと話の流れを思い出すために軽い気持ちで連載を読み返したら修正後も辛すぎるので誰か過去の私を燃やしてください。
おいこれ以前と文章力変わってないだろ・・・そこは成長しておけよ・・・・

昔は毎話ちょっと甘い要素を入れようと頑張っていたのですが最近はそれを放置したので夢のくせに恋愛要素が死んでしまった。
でも無理やり入れるのもなんかアレなんでこれからはたぶんこんな感じです(吐血

あと久しぶりに連載更新だって言うのに名前変換がないってどういうことなの。はいバージルのせいです。


2011年 12月18日執筆
(C)八坂潤 


inserted by FC2 system